JJさんは、在米19年の国際的なカメラマンです。彼とわたしは「ファイト!」幻冬舎のカバー撮影をきっかけに知り合いました。JJさんの作品は「スタイリッシュでありながら息が聞こえてきそうな」ものばかりで大好きです。それもそのはず、多数のセレブリティと仕事をしてきた経験があるからだったんですね。私が彼との出会いのお陰で、知らなかったプロカメラマンの世界を隙間から見れました。「時間厳守」と「光をよむ>天候との付き合い方」「健康管理」をきちんとしている人でもあります。
この文を読んで「健康管理ってなに?」とJJさん。
目の健康につながる健康管理ですよ。わたしの場合、去年に目の医者に診せたとき「お前は将来、盲目になる」と言われたんです。そのため、健康管理中。(笑)
天候との付き合い方はカメラマンとしてとても大切なんだということを彼から学びました。明るいイメージを望む場合は太陽がとても大切だと言う事、そして光が柔らかく外が澄んでいる朝時間などにスケージュールを組むことがしばしばあったのだ。
そんなJJさんのプロとしての意識に脱帽です!!!
・どういう経過でカメラマンの道に入ったのでしょうか?それはカメラマンの道に入る忘れられないきっかけでしたか?
写真の道に入ったのは、何となくですよ(笑)格好良さそうだったし、簡単そうだったし、カメラがあれば何でも写るって思ってたから(笑)。
まあその時はこんなに過酷で奥が深いものなんだって、写真の事、写真家である事を何も知らなかったからね(笑)
写真家を目指したきっかけは、多分我が家の祖父の影響が強かったと思うんだ。祖父は大工で、要は職人。。。常に若い人たちが廻りにいて頭領として厳しく、そして笑顔で働いていた。それに惹かれた。 だから何でも良かったんだよね。職人になりたかった。今思うと、無意識にプロフェッショナルを目指してたんだと思う。腕一本で生きて行くみたいな(笑)
それがたまたま写真だったって事だと思う。
私にとって大切なのは、アートとしての写真ではなく「職人」=「プロフェッショナルとしての写真家」なんですよ。
・下積みと努力は数れきれないほどあったと思います。アシスタント時代のことを教えてください。
まず時代背景が古いからね(笑)。アシスタント時代は1984年?1988年まで。そうあの頃は「アシスタント」=「丁稚奉公」だった時代です。遊びたい盛りに。。。ね。
今の若い人たちには耐えられない様な過酷な仕事の内容でしたよ。寝れる時間は3?4時間とか稀だし、月に一日の休みが取れればラッキー。で、給料5万円からスタートだった(笑)
まあ今自分が写真家になってみると当たり前って思う事も多々あるんだけど(苦笑)、当時は辛くて辛くて。アシスタント始めたばかりの私は何も出来なかったし、知らなかった。フィルムの交換すらままならなかったんだから、給料なんか貰える筈もなかったんだよね。。。思い出ありすぎてここでは書けないな?(笑)撮影に寝坊して殴られた事とか、師匠の車ぶつけた事とか、緊張して機材壊した事とか。。。まあ私は最悪で物覚えの悪いアシスタント君だったから(笑)
・カメラマンとしてプライドがあると思います。それはどんなプライドでしょうか?
変なプライドはない方が良いとは思うんだよね。写真家と言ってもコマーシャルだから。誰かからお金を頂いて撮っているんだから。。。
ただね、私の場合は、プロフェッショナルであるって言う自分に対する最低限のプライドは持っていたいと思ってます。どう言うプライドかってちょっと説明しにくいんだけど、仕上がりに対する責任とか、みんなに満足して貰う為の努力とか、みんなが納得出来る仕上がりとか。。。自信ないと色々な判断が出来ないからね。その代わり、判らない事は素直に聞けるって言う謙虚な気持ちや柔軟性もプライド以上に大切な事だと思います。
・今まで出版した本を紹介してください。
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・JJさんは暇なときは何をしてますか?趣味は何でしょうか?
和太鼓、ロングボード、スキー、ゴルフが趣味です(笑)なかなかやる時間がないので、上達しませんけど。。。後、家では本を読むのが好き。
・また過去時代を振返っての質問です。昔はカメラマンは高級なオモチャだったそうです。少年時代にはカメラマンを握っては撮りまくったのでしょうか?スケッチを描いたりとアート好きな子でしたか?もしくはどんな少年時代を過ごしたのですか?
少年時代は普通の子。で、生意気なガキんちょでしたよ。アートなんか判らなかったし、関心もなかった。柔道と野球に夢中になってて、写真やっている子供達からかったりしてしてたよ(笑)
まさか自分がカメラマンになるなんてね?当時の自分は想像すら出来なかったと思う。
・好きな食べ物をおしえてください。自分で料理することはできますか?
料理。。。苦手です。自分で食べなきゃいけないから作ってるって感じで料理って言うより餌です(苦笑)好きな食べ物。。。妻の料理かな?(笑)
ちょっと違うけど、赤ワインと芋焼酎が大好物です。
・JJさんにとって忘れることがなかった撮影の思い出を教えてください。
1994 年.。。Off Broadway STOMPとの出会い。それ依頼ずっとオフィシャルカメラマンやってるんだけど、世界中の写真家が撮りたかった時期になぜだか「お前にやって欲しい」って(笑)それが私をNYで、世界で仕事していきたいって思わせてくれたきっかけ。ただの雑誌社からの取材カメラマンだった私と上り調子のイギリスのパフォーマンスグループSTOMP。写真を気に入ってくれて、意気投合して一緒にやろうよって。感性とこだわりのぶつかり合い、これが撮影なんだって、興奮して震えたのを覚えている。
・今から五年後の自分の姿を構成できますか?
勿論♪きっと相変わらず、「まだまだだな?」とか言いながら、夢中で写真撮ってるよ。きっとNYでまた色々プレゼンしたり、作品創ったりしてる。今よりは間違いなくBetterな写真撮ってるけどね。
・ mixiの日記で「チベットに平和を」と呼びかけていることを知りました。
ゆがんた情報が蔓延している世界には、正しい情報を求めなければ冷静に判断することができない、また何かを発音するのには勇気が要ることだと思います。わたしも「チベットに自由を」と周囲に呼びかけていますが、どう思いますか?
勘違いされては困るのであえて書きます。チベット解放を訴えていた訳ではなく、チベットに平和を祈っていただけです。
ダライラマ14世がおっしゃる様に暴力では何も解決しません。中国側の問題もそうですが、チベット人の方々もとても過酷な状態だとは思いますが、暴力では何も変わらない事を知って欲しい。今こそ我慢と相互理解の時代だと思います。
・ そこで、JJさんは国際社会問題提起をしたうえで、カメラマンとしてのキャリアが負担になることは今までありましたか? (笑)
わたしはJJさんの考えている事を知ることで周りからも親近感をもたれるから良いと思いますし、国際社会問題提起を出して自分の意思を書くことは構わないと思いますが、どうでしょうか。
ないですよ。これは一地球人として必要な事だと思いますので。ただし、世界中に溢れている情報が正しい物だとは限らないと言う事は皆さんに知っておいて欲しい。その膨大な情報の中からどう自分にとって本当の情報なのか、どうその情報を自分の為に有効に利用するのかが自分の知恵になっていくと思うので。
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編集後記
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取材を終えての感想。
"きっと相変わらず、「まだまだだな?」とか言いながら、夢中で写真撮ってるよ。"
やっぱりJJさんを取材してよかった、と思いました。
プロなのに天狗にならない。数年後になってもいや一生、良いものを求める姿を持ち続ける。これぞ、彼が昔からなりたがっていた「職人」になっていたのだ。
JJさんのmixiでの日記に、
4/13 0PMから7PM
一人15分から20分 白バック撮りおろし&自由演技
場所 easy studio 158 Grand Street, #207
と、写真会があるから来てほしいと呼びかけてあったので、それを機会に久々に会ってきました。
(最後に会ったのは、JJさんと夫と3人でイーストビレッジにあるお蕎麦屋で一緒に食べにいったっけ?ってことは三年前のことかな。当たってる?笑)
JJさん、うちの子たちがまたまだ赤ちゃんだった頃から「ファイト!」写真(参照写真)を撮ってきただけに、うちの子たちを見てビックリそして嬉しそうでした。
スタジオは集中できる場所らしくごちんまり。そこにはすでに色んな日本人たちのモデルさんたちを撮影中でしたが、見学するだけでも楽しい雰囲気が伝わりました。
こうして、3人の子供たちの番になり、写真が出来上がりました。
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5月末か6月頭のジャピオンにJJさんのインタビューが載るそうです!
JJさんのポートフォリオサイト
http://www.adwave.co.jp/juntakahashi/
JJさんのブログ
http://www.adwave.co.jp/juntakahashi/
http://urahara-takahashi.sblo.jp/
http://capacamera.cocolog-nifty.com/samurai/2007/06/post_f957.html









