・Ambiさんの生い立ちを語ってください。小さい頃はどんな子供時代を過ごしましたか?お歌のお稽古はいくつから始まりましたか?お稽古しているときのあなたはどんな気持ちでしたか。
私は9歳くらいから片親でした。12才で妹が出来ましたが、母は仕事ばかりだったので猫とずっと母の帰りを待ってました。(笑) 寂しい時も、夜一人で怖い時も、猫がいつも傍にいてくれました。
歌は母の影響で、保育園の時からホイットニーやチャカカーン、マドンナ、ワムとか聴いてましたね。光げんじとかアイドル系のは全く分からなかったです。
歌は二十歳過ぎてから二年ほど、クラシックの トレーナーの所でお稽古しました。全く 私の今までやってきた歌い方すべて、 くつがえされて、 初めはついていけるか?と不安でしたけど、その先生との出逢いのお陰で私の歌い方が変わりました。今では、私のキーパーソンです!
・人前に出るようになったのは、いくつの時でしたか?歌ったあとの様子も聞かせてください。
初ステージは、中学校の文化祭でした。ボンジョヴィのランナウェイ歌いました。 笑っ
みんな、すごい感動してくれて、今だにあのときに観てくれた後輩が『あのボンジョヴィ歌ってた先輩????!!!!!あれ今だに脳裏に焼き付いてます!!!!!』って言うて歌の世界に進んでる事をすごく 喜んでくれています。そのときは、「歌を続けてて良かったな~」と私も感動した一瞬でした。
・シンガーになる夢を目指している昔の自分のことを詳しく語ってくたさい。どのようなきっかけで、シンガーとしての道を歩くようになったのですか?歌を作る側になって初めて知る苦労話を書いてください。
そして忘れることのない、感動した出来事も書いてください。
昔から迷ってる時や、悲しい時にやはり「歌」に救われる事が、ほとんどだった。
友達に相談しても結局、決めるのは自分だから、歌の歌詞を読みながら自分の中で答えを見つけてきた。
恋だって親子関係だってね、「歌」と言うか、色んな歌詞をまるで本を読むように、読んてきました。それから14才の時、友達のために詩集をかいたの。それで、みんなすごい喜んでくれて、言葉そのものがすごいなと思ったんだよね。



シンガーになるきっかけは、やはり詩集を書き、自然的にメロディーを乗せて、、、という感じ。私の詩を色んな人に感じて もらいたいと言う希望が、シンガーになろうと思った きっかけです。
歌詞を書く時、初めはありふれた愛や、恋の歌詞ばかりになってた。あの時、まだ子供だったし、今読み返すとなんか恥ずかしいけど、年ごとに感じる事は違うし、成長している証拠だし、これがあったから今があるんだな。歌詞を書く事っておおまた開きですべてをさらけ出さないと、いい歌詞が書けないんだと、最近分かりました。恥ずかしい事も私の中のいやな人間的な部分も出さないと、書けないんだと。
キレイ事並べたら素敵な曲がかけると思うけど、私はそんな歌を歌いたくてシンガーを やってる訳じゃないし、私しか書けない歌詞をかこうと思いましたね。
感動した事は、一番初めにリリースした曲『MR.POSITIV』を出して少ししたら、事務所にハガキが届いて『仕事を辞めようと悩んでいるときに、AMBIの曲を聴いて悩む心が救われました!』て書いてくれたんです。私の歌で一人の人間が救われたんだと、感動して今でも私を支えている原動になっています。でも、その人は、今どうしてるのか、今だに気になりますね。このことは、多分一生、私の心に残るでしょう。
・リリースした作品を載させてください。
2002.07 『Straight Up! SISTEREN』 東京シストレンレーベル
2003.05 『DRAGON2K3』 大阪カエルスタジオ
2003.05 『RUB A DUB 革命VOL.2 魁』 東京ファイヤーレーベル
2003.06 『IRIE SNOB』 大阪吉本興業SNOB
2003.12 『女魂祭』 東京シストレンレーベル
2004.03 『ZONE OUT』 大阪ゾーンアウトレーベル
2004.04 『RUB A DUB 革命VOL.3 魂』 東京ファイヤーレーベル
2004.05 『IRIE SNOB CD 2004 MIX』 大阪吉本興業SNOB
2005.04 『NATURAL WOMAN. 』 大阪CASINO891レーベル
2005 『80年代コンピレーションアルバム』 チキンジョージレーベル
2005.11 『Young Blood』 カエルスタジオレーベル
2006.10 『「BLAZING GIRLZ VOL.1』 東京SISTREN★STERレーベル
その中で、お勧めのアルバムがありましたら、理由と一緒にお勧めてください。
すべて 私の作品 おすすめですよ!!!(笑)強いていえば、やはり一発目のリリース『MR.POSITIVE』かな。思い入れが違いますよね。歌下手だけど。(笑) そのリリックを載せちゃいます。
MR. POSITIVE
過去のことはもう過ぎたこと 後悔なんてこの世に存在しない 後悔じゃなくて反省しなさい これだけは忘れないでほしい 諦めるのは簡単だけど 後悔を忘れるのは一生出来ない |
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・これまでツアー活動もありましたら書いてください。その中で忘れられない国と場所、人々との出会いがありましたか?それは何故ですか?
やはり ニューヨークでのライブ。マンハッタンのチャイナタウンで歌った時は楽しかったです。サクラメントから来た白人の男の子と一緒にステージたったんです。
私が住んでたブロンクスでは毎週末、黒人の女友達と遊びに行ってたクラブサボイて所で、いつも無理やりステージ立たされて歌え歌え!!!!と。て、私も酔っ払っててなんか歌ってましたよ。(笑) 日本語で歌うと、みんなステージや壁をバンバン叩いて喜んでくれましたよ。後から『あれは何ていう歌のタイトル?何の内容で歌ってたんだ?』て 聞かれたりもしましたね(笑)
みんな すごい良くしてくれました。ダブブレートも撮りましたし、今もPLAYする度に 『AMBIはいつ戻るんだ?』と聞かれるらしいです。
ブロンクスのHYPEradioで。でもたまにPLAYしてくれるみたいです。ほんとにありがたいですよ。ブロンクスではいい仲間と出会えました。女友達がカリビアンパーティーの時にみんな自分の国の旗を持って行くからAMBIの為に探すから!!!と言って、日本の旗をわざわざ買いに行ってくれて私にプレゼントしてくれた事もありました。涙が出そうでした。みんな 日本人の私を、受け入れてくれました。ほんとにみんなには感謝してます。
・「今夜は楽しもう」「TAKE ME AWAY」の歌が好きです。どういう経緯で作品をしあげたのですか?
「今夜は楽しもう」は私が19歳の時に作った曲で一番、今までによく歌っている曲の一つですね。なので一番世間に広まっている曲です。歌詞の内容も19歳の感覚ですから、あの純粋な歌詞はもう書けないかも。(笑) 「TAKE ME AWAY」は結構真面目な歌詞ばかり書いていたので、ちょうど男の子への曲、クラブで流れている状態を意識して作った曲です。じつはラテン調の曲が大好きであっと言うまにできました!!
・フライヤーには唯一日本人のレゲエシンガーとして黒人たちに囲まれていますね。それは目を引きます。笑 フライヤーの元はIngoma Music会社のものでしょう。その会社との出会い、一緒に作品をしあげるようになった経緯を語ってください。
私の知り合いを通じてプロデューサーのPHILGと出会いました。NYでも日本でもJAMAICAでも偶然に会ったんです。それは何かの縁ですよね。お互いにびっくりでした。「本当にAMBIがやる気があるのならNYに来たら世話する」と言われ、はじめはNYでやるなんて。。。勇気は、なかった。英語もまともに話せへんのに。。。て、思ってたんです。
でも、彼の熱心さに心が揺らいだのです。「長期のつもりでNYに来い!」とオファーを頂き、連絡が来るときも彼の彼女さんが丁寧に連絡してくれたから、「信用できるかな
」と思うようになって。初めてNYに行った時、NYのマンハッタンにあるスタジオに行ったんです、それが約束どうり、レコーディングさしてもらってすごい緊張しましたけど。
そして クイーンズにあるインゴマミュージックのスタジオにも連れて行ってくれて色んな人たちに会わせて頂きました。
そこには、ラルフと言うスーパーキャットや シャバやシャギーと90年代のダンスホールシーンを作ってきたビッグプロデューザーが居て、「そこで何か歌え」と言われて。(笑)歌ったのが「EVERYTHING X」と「今夜は楽しもう」と「ダンスホールクイーン」の3曲で、その日のうちに仮の曲をとってもらって何日か後には、ラルフのオリジナルトラックを私の曲に合わせて作られていて、聞いた時は感動しましたね!!
それで出来たトラック、CRISSトラックでルチアーノやターベランスが 私と同じトラックで曲を作ってCRISSアルバムができたのです。


・日本での舞台に立っていて、悲しかったこと(悔しかったこと)があると思います。その話も聞かせてください。また、嬉しかったことも書いてください。
私は 何でも歌いたいんですね でも大阪のレゲエ界では、それは受け入れられなくて。昔、HIPHOPのトラックでリハーサルしたら 「HIPHOPはやめてくれ」て言われましたねえ。うーん。。好きな歌が歌えへんなああ。。。て、結構、落ち込みましたね。。
でもアメリカでは 何でも歌う!!と言うとジャンルは??なんて言われた事ないです。
逆に「すごい才能だね!」と言われます。
アメリカでは胸を張って色んなジャンルで歌ってますって胸張って言えるんですよねえ!
・NYでも舞台に立ったことがあると思います。日本に居れば絶対に経験することのなかった「人種差別」を経験してきたとわたしは思ってしまいます。本当にそういう目にあったことはありましたか?それはどういう時でしたか?
私はラッキーな事に人種差別された事はないんです。ほんとラッキーですよね。
・行動力のエネルギーの元はどこから来ていますか?
やらない方が、後悔するからです。私、後悔するのがとてもいやで。。失敗するほうが後悔より私の中では全然マジな方です。(笑)
初めの第一歩さえ勇気を出したらあとは前進しかないんですよ。
・普段の生活のことを聞かせてください。毎日のように歌と関わっていると、たま~には歌を聴いてない日や作っていない日があるかもしれません。そんな日には何をしていますか?
本当に暇なときは 図書館に行ってます。NYだと180STにあるBRONX大学に忍び込んで図書室でいろいろ勉強したり歌詞かいたりしてました。(笑) 言葉に囲まれていると幸せ感じるんです(笑)

・好きな食べ物を教えてください。
チキンパティ(笑) と、ヌードルです。
・Ambiさんの頭にくっついて離れない名言集がありましたら教えてください。
「奪い合えば足りない 分け合うとあまる」
「いい人と歩けば祭り 悪い人とある歩けば修行」
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編集後記
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彼女とはmyspaceとmixiで出会いました。目を引いたのは彼女の顔が載っているフライヤーだった。あのときは、myspace系って、そのページにアップするために自分の写真を雑誌風にしたりと遊べるフリーサービスが他のサイトで色々あったから、「作り物か?」(またまた失礼な 笑)と思ってしまったんです。それでも食い下がるわし。
フライヤーにプリントされている名前を読んでみたら本物だと気づきました。レゲエをやっている方で、このようにNYなど海外で現地の人たちと一緒に仕事をする日本人は、滅多に見られない。それで目を引いたわけですよ。ほかに知ってたのは、レゲエの本場・ジャマイカでのレゲエダンスコンテストで一位を勝ち取った日本人・JUNKOさんだけだったから。(NYのジャマイカ市にあったナイトクラブでのJUNKOショーがあると情報を早くキャッチして、ワクワクして行く予定を組んだのに、当日になると身内の事情で行けなくなったんだ。当時、うちの旦那に「あのクラブ危ないから行くな」と反対されてたし。これ読んだら、JUNKOさん連絡下さい! 笑) おっと、話の路線がズレてしまいましたね。
彼女の「MR.POSITIVE」の歌詞を読んですぐに分かったんです。どうして大好きなのかと。本当に良い言葉で綴られている。「後悔を忘れるのは一生出来ない」 まさにその通りだと思う。後悔の念があるから前を進めれるというニュアンスなのだろう。そんなAmbiさんを皆さん、応援して下さい!


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